本を数冊買いました

昨日新しい本を何冊か買いました。岩波の『一日一文 – 英知の言葉』、『世界名言集』、新潮文庫の『ペスト』(カミュ)です。

『一日一文 – 英知の言葉』は名前の通り、1月1日から12月31日まで先人やある方面で有名な人たちの興味深い文を一日一文ずつ読んでいけるようになっています。顔写真も載っているので教養としてもいいのではないでしょうか。

いまのところ、1月1日から1月9日までの文を読みましたが、やはりカミュ(1月4日)の文が興味深いですね。以下に引用を載せます。

不条理という言葉のあてはまるのは、この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて、この両者がともに相対峙したままである状態についてなのだ。不条理は人間と世界と、この両者から発するものなのだ。いまのところ、この両者を結ぶ唯一の絆、不条理とはそれである。

『シーシュポスの神話』

僕はこの文にすごく共感しますね。「この世界が理性では割り切れず」だとか、「人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激しく鳴りひびいていて」という表現にどれだけの人間が首肯するか知りませんが、人間の不明確な懊悩に一つの真実性を与える言葉だと僕は思います。つまりその懊悩こそが人間の奥底にある死物狂いの願望なのですが…。あくまである種の真実性ですが、<不条理>を身近に感じる人にとっては心に染みる文だと思います。

僕はカミュは『異邦人』しか読んだことはありませんが、これはすごくおもしろかったですね。最初の数十ページは最高に退屈でしたが、後半は一気に読んだのを覚えています。特に印象に残っているのは次の部分です。

やがて、裁判長は検事に向かって、証人にききだすことはないか、と尋ねると、検事は、「もうありません。もう十分です!」と叫んだ。私に向けられたこの叫びが、あまりに猛烈な勢いで、且つ、検事の視線は全く勝ちほこった調子なので、この数年来はじめてのことだったが、私は泣きたいというばかげた気持ちになった。それは、これらのひとたちにどれほど自分が憎まれているかを感じたからだった。

『異邦人』

まぁ、読んでないと分かりませんが、重要なのは主人公ムルソーはママンが死んだときにも全く泣いていないことです。また、よく考えてみると「検事」や「裁判長」といったものは実際には事件に全く関係ない人物たちだということです。これらをふまえると、この本の不条理性というのが読めるのではないかと思います。

ここで『異邦人』の表現する<不条理>についてくどくどしく説明するのは非常に面倒なので、機会があれば今度持論を展開してみたいと思います。

話がそれましたが、『一日一文 – 英知の言葉』は装丁もすごく上品できれいなので、一冊持っていても良いと思いますよ。

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