世界の市民

われわれは、独りでは安らかに生きることができないこと、われわれ自身の幸福が遠い他の国々の幸福に係わっていることを学んだ。われわれは、砂に頭をうずめたダチョウや飼葉桶の中の犬としてではなく、人間として生きねばならぬことを学んだ。われわれは、世界の市民、人類共同体の成員となるべきことを学んだ。

「第四回大統領就任演説」(フランクリン・ルーズヴェルト)

フランクリン・ルーズヴェルトは近代経済学の基礎を作ったケインズの経済学理論を取り入れ、暗黒の木曜日(Black Thursday)から始まる世界恐慌に対してニューディール政策を行った人間ですが、市民や労働者(貧困層)の権利や差別に対して理解があり、積極的に政策も行ったため、国民に圧倒的な人気がありました。アメリカ史上唯一の四選された大統領です(現在の合衆国憲法では大統領は二選までとされている)。

しかし、ルーズヴェルトは人種差別的な考えも持っており、この観点から行われた種々の差別的政策に対してはその立場によらず大きな批判の対象となり、アメリカにおける人種差別の解消を遅らせる要因の1つとなりました。以下Wikipedia引用。

しかし、ルーズベルトの人種差別的観点から行われた第二次世界大戦中における日系人の強制収容や、政権を通じて行われたアフリカ系アメリカ人の公民権運動に対する失政は、その立場を問わず大きな批判の対象となっただけでなく、アメリカにおける人種差別の解消を遅らせる要因の1つとなった。この民主党政権としての「貧困層」と「人種マイノリティ」という別々の背景を持った弱者に対する矛盾した態度の解決は、1960年代のジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンの政権まで持ち越される事となる。

また、アメリカ史上唯一の重度の身体障害を持った大統領でもありました。以下Wikipedia引用。

1921年にポリオに罹り、その後遺症により、下半身がほとんど麻痺し日常生活には車椅子を常用していた (後世の研究では、彼が実際に罹患したのはギラン・バレー症候群であったろうと推測されている)。生前は車いすの姿をマスコミに見られるのを非常に嫌ったため、訪問先の植木や立ち木のカムフラージュのための植え替えなどを神経質なまでに指示した。また、マスコミもあえて積極的に報道しなかったため、TV時代の現代では考えられないことだが、ルーズベルトが身体障害者であったことは米国民にはほとんど知られなかった。実際、彼の車椅子姿の写真は2枚しか知られていない。

彼に対しての評価はさておき、この言葉は素晴らしいものだと思います。

参考:「フランクリン・ルーズベルト – Wikipedia

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