たった一つ
ただ生きていけばいいんじゃないんだ。使命感からか義務感からか、はたまた強迫観念からなのか、何れにせよ客観的能力の程がそれを強要するのだろう。だがもう疲れた、本当に疲れた。
望むものは大して多くはないのに、そしてそれほど難しいことではないはずなのに、これほど手に入らないものなのだろうか。「<システム>の要求するもの」と「願望」、<マトモ>と<幻想>。たった一つでいい、本当に信じられるものが欲しいんだ。
「その先に何がある?」それが足を引っぱっているんだろう。”光”が見えない…、それが一番大きな問題。<日常>が空洞化、あるいは希薄化・機械化してもいいが、それを抜けられると思えるような「可能性の光」がなければ──あるように思わせられなければ──完全に<システム>の失敗だ。そしてそれこそが成熟社会の地獄だ。何故みんなそれに気づかない?Be conscious of it!!
おそらく近代の淋しさというのは、意識の隔たりのことを言っているのだろう。それぞれの意識が共通感を持てなくなっているんだろう。ならばそのバラバラさを迎え入れることはできないのだろうか。つまり、お互いにバラバラなんだという共通認識は持つこと、それが近代、とりわけ現代が要求されていることなのではないだろうか。すなわちそれは、相手を認め合える寛容さに他ならない。
