イサム・ノグチ – Wikipedia

イサム・ノグチ – Wikipedia.

noguchi09-hp先日Googleのロゴが左の画像になってたから今日は何かなと思って見てみたらイサム・ノグチという人だった。僕自身はあまり芸術には興味はないんだけど(本当はものすごくあるんだが、実際に芸術に携わってる姉貴やその周りの人たちの意見がいつも正しいということになり、僕の考えはよく否定されるので、僕はあまり好きではない、ということにしている。へんな話だけどね)姉貴が芸術関連のことをやってるから何となくこういうのは見てしまう。

ところで、Wikipediaのページを見てみると、この人は日本人でありアメリカ人である(日系アメリカ人)ということでかなり苦労しているように見える。

「しかし、アメリカ人との混血ということでアメリカ側のスパイとの噂がたち、日本人社会から冷遇された為…」

「同年、広島平和記念公園のモニュメント(慰霊碑)にノグチのデザインが選ばれたが、原爆を落としたアメリカの人間であるとの理由で選考に外れた。」

「彼は後年、アメリカ大統領の慰霊碑を設計したこともあるが、こちらは日系であるとの理由で却下された。」

など。(以上すべて『Wikipedia』)

僕はこれらの感情論を否定するつもりはないが、ある人がボスニア=ヘルツェゴヴィナ紛争で娘を失った人の講演を聴きに行ったときのことを話してくれて、思ったことがある。

それによると、青年期をどういう共同母体で育ったか、ということが所属意識をはじめとする個人のバックボーン(ゆえにのちにはなかなか変え難い部分)に非常に影響するらしい。まあ経験的に考えてそうだろうということは分かるが具体例で出されないとなかなか明確に意識することはできない。この人の話では、実は「クロアチア人なんて殺っちまえ」と言うのは(当時)若い人(20代前後?)と5、60過ぎの人に集まっていてその中間くらいの3、40代の人たちはそれらの人に比べるとそういった意識が少なく折衷派だったらしい。理由は3、40代の人たちは対ナチス・ドイツとしてあの一体がひとつに固まらざるを得なかった時期から冷戦期という常に結束を必要とした時期に青年期を過ごしたからだ。だから、冷戦がもう一息長引けばあの一体は一つに固まっていたかもしれないという(まぁ、あくまで一意見で、複雑な宗教問題とかもあるから僕は懐疑的だが)

「アメリカ人」、「日本人」、「セルビア人」、「クロアチア人」、「イスラム民族」、…ということがよく紛争の原因になっているが、ほんとくだらいな~と思う。しかし、今回の例ではセルビア人とクロアチア人ということだったが、僕らも日常の中で客観的に見るととんでもない固定観念や意識構造にとらわれ、巻き込まれている。じゃあそんなのやめちゃえばいいのに、と思うがそう言い始めるとキリがない。多文化主義と統一的価値観や自民族のアイデンティティーを持たないこととは違う。ある文章で

“Multilingualism is not only increasingly common, however–it also affects our cognitive life. Recent research in developmental psychology shows that bilingual children are quicker to develop an ability to understand the mental states of others. (中略) Bilingual children, interestingly, succeed in what is known in developmental psychology as the false-belief task (distinguishing between the reality and what someone believes to be the case) several months earlier than do those who are monolingual. A likely interpretation of these findings is that bilingual children have a more fine-grained ability to understand their social environment and, in particular, a greater awareness that different people may represent reality in different ways.
I believe that European multilingualism will help produce a new generation of children who are cognitively more flexible, who will have integrated their mixed cultural background into their own identity and cognition. It will become impossible for European educational institutions to impose upon such students their local ’sacred’ values belonging to a ‘higher civilization’ — greater bravery, spiritual superiority, or what have you. This will help new generations to get rid of ‘unreal loyalties’ to nation, flag, or local customs and manners. (中略)
All this may be wishful thinking, but I can’t help thinking that being multilingual is the best and cheapest antidote to cultural intolerance, as well as a way of going beyond the empty label of multiculturalism by experiencing a plural culture from within. And, of course, this is not just a European issue.”

出典不明、2009年度第3回記述模試(河合)

といったようなものがある。この文章だけでは分からないのだが、まずbilingual childrenが幼児期に他の幼児に比べて早く優れたtest-performanceを示すこととその後の能力との連関は不明で、上記のように青年期が人格形成に重要であるように、仮に幼児期がもっと低次なところで言語などの影響を受けやすい時期であるとしたときの話だが、それがbest wayか。僕はこの人の意見におおむね賛成だが(”This will help new generations to get rid of ‘unreal loyalties’ to nation, flag, or local customs and manners.”の部分や、もし本当なら”bilingual children have a more fine-grained ability to understand their social environment”の部分など)、僕が言いたいのはこういった態度がとれるのも(こういった態度が意味のあるものとして機能するのも)ある固定的な価値観があるからだ、ということなのだ。たしかに個を保って独自性を保持したまま他文化を受け入れリスペクトするなんてどだい無理な話だ。しかし、だからといって幼少期にみんな複数の文化を経験してそういった問題を乗り越えられるかははなはだ疑問だ。つまり上にも書いたように、それを可能にしているのは現行の価値構造や状況があるからで、(小さいときから多文化の中で生きていたために)みんなそれぞれの良いところを知っているのだからそれを尊重し合いましょうじゃあその文化を貫く母体がいない。その文化を貫く母体こそがその文化のエッセンス(本質)を伝える本体であるのに。近代的といえばすごく近代的で、僕はそういう意味ですごく賛成なのだが、たぶん僕らに課せられてるのはそういったことじゃあない。きっと、なんでもないことを、人を、状況を認められる、許せるってことなのだろう、たぶん。最後にすごく抽象的になってしまったが(笑)

ただ、それぞれの文化が母体を持った環境の中で、多文化を俯瞰できる、あるいは多文化の貫くもの・エッセンス(ということはその文化の成員の信条や価値観(感情))というものを察知できる、あるいは知っているということはものすごく価値のあることで、それがmultilingualな人に多く見られるのならそういった環境や人々は必要だというのは僕も思うことである。

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