2008-02
中村哲氏の講演会に行きました
今日中村哲氏の講演会に行きました。会場は練馬文化センターですが、練馬区民でなくとも講演に行けます。僕は、直接お目にかかるのは初めてで、いったいどんな講演になるんだろうと思っていましたが、ジョークもかなり混ぜながらのかなりおもしろい講演でした。驚いたのは紙がないんですね。何も見ないで写真のスライドだけを使いながら講演をするのです。もしかしたら、(僕の座った席が遠かったから)見えなかっただけなのかも知れませんが、本当に紙を使わずにあれだけの話をしていたのだとしたらすごい事です。
さて、僕が印象に残った部分などを僕なりの感想を交えながら載せたいと思います。(以下に載せる発言の引用や中村さんの考え方、また中村さんがされてきた活動については、誤解や曲解、また多少の差異はあるかもしれませんので、そこのところは注意して下さい)
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まず、中村さんの活動が変わってきたこと。80年代半ば頃から90年代にかけては、専ら診療と診療施設の建設のために奔走されていました。中村さんは、経済援助や復興支援の名の下に海外諸国の自己満足的援助や自分達の理念の押し付け支援がされてきたのを見ているので、自分達は現地のニーズを第一に優先して絶対に押し付け支援にならないようにしよう、というのをモットーにしていました(ちなみに僕は、『ダラエ・ヌールへの道』にある、「こうすれば、日本側の意見の相違や理念などというものは、現地の圧倒的なニーズの前には相対化される」という言葉がとても気に入ってます)。そして、いろいろの診療や食料援助などの活動をされて来ました。ところが、2000年に今世紀最悪(註:些事ですが、21世紀は2001年からです)といわれる大干ばつが起こります。これは、いままで春先から夏にかけてゆっくり溶けていた雪解け水が、地球温暖化により春先に一気に溶けてしまうことが原因です。アフガニスタンには「金がなくても生きていけるが、雪がなければ生きていけない」ということわざがあるそうですが、水に対する感謝の深さと同時に、アフガニスタンの水における雪の役割の大きさがうかがえます。日本のことわざで「湯水のように使う」というのがありますが、これは日本以外で通じるところはありません(笑)。雪解け水が、温暖化によって使えないだけでなく、民衆を襲う災害となってしまうのだからことは尋常ではありません。これを期に、診療だけの活動自体まだ押し付け的なところがあるというふうに考え始め、そもそも病気の患者の絶対量を減らすにはどうすればいいのか、それが現地の最も根本的な要求なのではないか、と考え始めました。そして、そのために最も重要なのが「水」なのです。清潔な水があるだけで、現在の患者の九割は病気にならないと言います。そして、「私は戦争が難民を作っていたと思っていましたが、実はソ連侵攻の前から難民はたくさんいました。これはまったく私の無知によるものでしたが、水がないから農業ができないのです。戦争はそういったことも隠蔽してしまう(註:不透明にしてしまう、という意味だと思われます)のです。もちろん戦争によってもたくさんの人が死にますし難民も出ますが、この水問題というのが急務でした。」のように語り、水問題の重要性を強調します。また、「飢餓で死ぬ人はやせ細って最後にバタっと倒れて死ぬと皆さんはお思いになっているかも知れませんが、大半は違います。野坂昭如の『火垂るの墓』という小説がありますが、あれに出てくる女の子のように、栄養失調により簡単な**(註:ここの名前は忘れました。皮膚病のようなものやマラリアのことを言っていたと思います)や**のような病気にかかりコロッと死んでしまいます。」のように語り、井戸を掘ることに決めたのだとおっしゃっていました。
中村さんは独学で土木工学を学び「緑の大地計画」を開始します。この計画の一つは井戸の掘削作業とカレーズの修復で、2000年から開始しました。「村の水源としては地下水を利用したカレーズがありますが、このカレーズ、名前はカレーズ(註:枯れーず)なのに枯れるんですね(会場笑い)。」というような冗談も言っていました(笑)。カレーズの修復だけでなく井戸の建設が必要、という意味でしょうか。この時に注意しなければならないのが、「現地の伝統に合った方法で作る」ということだと言います。先進国の技術で作ってしまうと現地の人は修復できないし、また参加できないため、自分達の事は自分達でやるんだという意識が生まれず、地に根を生やしたものにもならないため抜本的な解決になりません。そこで現地に合った方法で作るということを重要視します。スライドの説明で言われていたのですが、少し掘るごとに大きな石や岩と呼べるほどのものまでが出てきて、井戸掘りは大変難航したそうです。しかし、現在では1000箇所以上の井戸が掘られたそうです。簡単に1000箇所以上と言いますが、そのスライドでの苦労を見ると一個作るのでさえ並大抵ではありません。それだけ現地の人の「生きる」ことに対する活力やエネルギーが高いと言うことでしょう。また、中村さん(と計画に参加したその他の人々)がそういうふうになるようにうまく住民を使った、というのも賞賛に値します。
また2003年に、「緑の大地計画」のうちの一つの、こちらはもっと大規模な・もっと抜本的な農業のための水資源確保のために、15カ年計画の灌漑(かんがい)計画を開始します。全長20km以上にも及ぶ大工事で、第一期の13kmがついに2007年(昨年)に完成しました(これらについての詳しい推移や報告はここを参照してください)。中村さんはこの時ショベルカーデビューし、「無心でショベルカーを動かすと雑念がなくなり良い」と語っていました(笑)。しかし、過酷な活動をされてる中村さんのことを考えると、気持ちはお察しできます。ここでも、「現地の伝統に合った方法で作る」ということがモットーとされています。たとえば、護岸工事にも先進技術は使わず、現地の人が補修できるように金網に石を入れたものを川の両底に沈めるだけの単純なものです(といっても、この労力は甚大です)。製造過程は単純ですが機能としてはパワフルで、川縁に植えた柳の木の根っこが、石の周りの金網が錆びて老朽化しちぎれた後も、石を抱きかかえるように包んだり絡まったりして崩れないそうです。中村さんは日本の伝統的な土木工学、特に江戸時代の技術を積極的に取り入れているそうですが、これらの護岸工事の時以外にも、たとえば洪水の時に一気に流れてくる水を食い止める技術や、貯水は不可能だといわれた砂漠地帯に貯水を成功させたのも、この日本の伝統的な技術だと言います。
僕はこれを聴いて学問について考えさせられました。柳の特性や構造の工夫など、昔の技術というのはいわゆる学問のための学問というものではなく、知恵というものに近い総合的なものだったんだなぁ、と感じました。いまの技術や知識は確かにすごい。すごいけれども、それを支える他の分野が消えてしまえば根底から瓦解してしまうような、ようじの先に乗っているような不安定なものです。たとえば911テロが起こったときに、「テロが起きないようにするためには」という議論が重要なのに、911のようなテロが起こったときに火災によって起こる数千度の熱にも耐えられる建築材料の議論をしていた本末転倒な番組がありましたが(火災に転用できるという意味では意味のあることなのかもしれませんが)、この場合高度な化学技術がなければ、もっと言ってしまえばその化学技術を支える高度な機械がなければ、さらにもっと根源的に言ってしまえばそれを支える資源が底をつきたら成り立たなくなってしまうものです。だからこそ、いまの学問は専門だけをやっていればいいのではなく偏狭にならないために幅広い分野を総合的に知り、負の側面も考慮できるような人間になる必要があります。でないと、村井実が『善さの構造』で批判しているような「精神のない科学者」になってしまいます。こういった「精神のない科学者」が量産され、跋扈している現状があります。なまじい専門はできるからたちが悪いのですが、そういった総合的な学の集約点というものがどの分野の古典にもあります。中村さんもこれらの伝統的な技術について、「これは我々の技術ではなく、ご先祖様が残してくれた大切な技術です」と強調していますが、年月の醇化のようなものを感じます。
こうして、2000年の干ばつから砂漠化して荒野と化していた大地に緑の戻った壮観な光景は本当に圧巻です。哲さんの言ったとおり、「水の力」というものを実感し感動せざるをえません。しかし哲さんは、「アフガニスタンの東部は我々の活動で大部分に水が行き届くようになりましたが、まだ他の地域の何万人もの人々に水が足りません。この冬に一割は越冬できないかもしれない。」と語ります。
2007年から第二期工事が始まりました。今年はその大一番です。予定では、早ければ今年中に終わらせられるかもしれないとのことで、「砂漠に緑が戻った姿を皆さんに報告したい」と語っていました。いままでの成果はもちろんすごい、しかし解決しなければならない問題はまだ山のようにある。そういう徹底した現地主義によって自分に酔わない・現状に妥協的評価を与えない態度は僕も見習っていきたいと思いました。これからも応援しますが、応援するだけでなく、僕自身も「僕自身が生存している」ということについて、哲さんやまたアフガニスタンに生きる人々のような生き方・とらえ方を知り、理解して、自分という存在を相対化して見つめていきたいと思います。
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さて、僕が強く感じたのは上記のようなことですし、哲さんの活動としても上記のことが最も重要な部分だと思われますが、他に印象に残ったことを以下に簡単に書いておきたいと思います。
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哲さんが、「アフガニスタンという国は、面積が日本の1.7倍、人口が約2500万人で、その大部分がヒンズークッシュ山脈という高い山々で囲まれています。(中略)アフガニスタンには数え切れないほどの民族がおり、その谷ごとに違う民族がいるほどです。(中略)そのバラバラの民族を支えているものがイスラム教で、イスラム教がなくなれば統一性が崩れます。」のようなことを言われたのですが、僕はこれを聴いて自分の宗教の捉え方を改めねばならないと思いました。別に哲さんの講演を聴いたから急にというわけことではなく、この記事や新聞に載っている住職の記事などを読んで前々から思い始めてはいたのですが、宗教をただの迷信として突き放すのはあまりに偏狭な見方です。確かに宗教的な意識の束縛が偏狭な意識に繋がったり、戦争動員に使われたり、救いを求めるための逃げだ、ということはありますが、それはあくまで宗教の一部の面に過ぎず、宗教のもっと大きな存在理由もあります。それには上のような社会システムの構造的な役割として、という意味だけではなく、自分の根源や立ち位置を問い直したり見つめ直す内省・内観の態度や、宮沢賢治のいう≪ほんたうの幸≫・≪まことのみんなの幸≫を望むこと・追い求めることが許される場を提供するという面などがあるからです。
いずれにせよ、どのような風習や習慣、風俗もそれについて知ることで見えなかった観点が浮かび出てきたり、またそういったことに限らずそのことについて知るということは、自分には及びもつかぬ深い考えや観点があるということを知る機会を与えます。ということは、知らずして臆断するという態度を自粛することが、広い観点を手に入れるためのまず第一歩なのではないでしょうか。
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これはもうあまり言わないでもいいと思いますが、アメリカの宣伝する「アフガニスタンの平和を脅かすタリバン政権などを駆逐するために正義の軍隊として戦争をした」というのは嘘です、ということを中村さんも話されていました。また、アメリカ追従政策の日本がそれにともなって無思慮に国連(軍)やISAFを礼賛し賛同するのも幻想です、ということも話されていました。既成のものを疑えというのは鉄則ですが、それよりも支援に対しての自分の本当の本質的な動機を個人レベルで探るべきだ、というのが本質的な問題じゃないでしょうか、ということは言っていませんでしたが僕の考えです(笑)。
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前々から「平等」や「本当に絶対的な客観性」というものについて考えていましたが、哲さんが、「イスラム教では女性は被り物をしますが、あれが女性の権利を侵害していると言うんですね。つまり先進国の『平等』ということでしょうが、私はそんなことをいうならこの患者を国に連れて行って世話をしろと言いたい。理念を押し付けることと目の前の人を助けるのとどっちが大事なんだ、と問いたいわけです。」というようなことをおっしゃられたときに、上記のことを髣髴しました。
哲さんのこの言葉から具体的に考えてみましょうか。たとえばスカーフを着用「させる」のは女性の自由の権利の侵害だ、と主張する人がいますが、スカーフを着用するべきだという人はここを見れば分かるように女性たちの中にいるわけですね。「するべきだ」というのは曲解かもしれないので「したい」でもいいでしょう。
しかし、女性の中に望む人がいたからといってすぐに、自由の侵害になってないということはできません。たとえば日本の戦間期における「枢軸国的尊厳感」(=国粋主義)教育によって、お国のために戦う(≠死ぬ)・お国のために死ぬ(≠戦う)ということを喜んでするようになったとしても、それが本当に「フラット」な状態で選ばれたものといえるかというと存分にあやしいですね(笑)。それと同等にこの場合も、生まれながらそういった社会によって「教育」されていますから、「フラット」な判断ではあり得ません。
しかし、そうすると突き詰めれば本当に「フラット」な状況はこの世には有り得ないわけです(ここが「絶対的客観性」と関連する)。では、どうやって判断をするのか。
僕はその風習や理念などの広い意味での「教育」(行動の強制を含む)に対して、反対運動が蜂起するようなものでなく・また生命にも関わらない場合なら、よそ者が「積極的」に容喙したり介入したりするべきではない、としか言いようがないと思います。たとえば先の日本の戦間期に、国のために戦ったり死んだりすることに疑問を持っていた人なんてたくさんいました。日本の場合GHQによるもろな介入がありましたが、現在の日本国憲法には戦間期を生きた戦争に対する痛切なリアリティーを持った憲法学者や法学者が関わっていますし、たとえGHQなどの介入がなくとも神国伝説や軍神伝説が崩壊したわけですから、長い年月はかかっても少しずつ修正されたろうと思われます。また、第一に生命に関わることなので、その点で上記の観点により批判できます。同様の理由により、現在の北朝鮮も批判できます。そして、イスラム教の女性の被り物(スカーフ)の問題に関しては生命にも関わらないし、内部からの積極的な反対運動も蜂起していないようなので批判はできない、というのが僕の考え方です(第一僕は哲さんと同じようにあれは文化だと考えます)。ただし、イスラム圏では、その根源であるイスラム教に異議を申し立てること自体犯罪で、批判的な形なら、かなり簡単に死刑になるらしいので(ここを参照)、こうなると反対運動の蜂起=死刑という、段階的な生命との関わりということになり、ことは複雑になるように思われますが、僕の考えを純粋に適用すれば、「反対運動によって死刑になる(=生命に関わる)」ということの方についてだけは批判できる、という答えになります。
(追記:2008-2-14)あの被り物の正式な名前は「ブルカ」や「チャドル(チャードル)」というそうです。また、ブルカ着用は農村部での常識で、農村出身者が多いタリバーンが農村の常識を都市部で強制しているにすぎない、というのが上とは別の哲さんの考えのようです。
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また数年後、おそらく第二期工事が完了した後にまた練馬で講演会をしたい、と区議会議員の池尻成二も中村さんも言っていたので、そのときはまた行きたいと思っています。皆さんも機会があれば行ってみるとおもしろいと思います。
銀座
今日、銀座に個展を見に行ったついでにお茶をしてきました。さすがに高級感漂う所で、いきなりお茶をすることに決まったので、まさかそんな店に入るとは思っ ていなかった僕はあまり良い服を着ていきませんでした。ソックスも短いスポーツソックスだし、コートもバッグもどこにでも持っていくようなやつです。僕は ミルクレープとカプチーノを注文したのですが、お茶をしながらもソックスが見えないようにジーパンを必死に伸ばしていました(笑)。
ま あ、それは置いておいて 、それにしても人間というのはそういう「状況」というものに多大に影響されてしまうものなんですね。もちろん「集団心理」というものはありますが、別に銀 座の高級そうなカフェだって、ジャージにジャンパーを着てスポーツキャップという格好で行ってはいけないという決まりはありません(笑)。ところがそうは しない。それがその場にふさわしくないと分かっているからです。また、銀座クラスだと「入店お断り」ということが「仮定」できます。この「仮定理論」は非 常に大切で、たとえば大抵は地域共同体で隣近所の人に殺されることはありませんが、それがいまのように「仮定」できてしまう世の中だと、お互いにお互いが 信用できなくなる相互不信に陥ります。現にいま世界的に疑心暗鬼や相互不信が高まっています(グローバリゼーションによる流動性の高まりが関係していると 思われます)。
ところで、高級感や荘厳さというのはどのようにして認識されるのでしょうか。どの国の王や大統領、首相のいる建 物や使う器具を見ても分かるように、ある種の共通性というものが認められます。まず、一般のものと区別するところから始まりますが、それは容易にできない 変化によってできる相違である必要があります。でないと模倣が可能ですし、模倣品がはびこり希少度が下がれば陳腐化します。資本主義社会ではお金のかかる ものである必要があります。しかし、我々は銀座の建物(たとえばシャネルやティファニーの店舗)や使っている食器具を見たら、具体的な金額は分からないの にもかかわらず高級感を感じます。これは「高級なもの」の一般イメージを持っている(記憶している)からです。具体的には食器具に限らず、周りにいる人の 服装や人種(生物的な意味ではない)なども強烈に影響します。
しかし、これらは幻想といえば幻想です。一万円札や五千円札とい うただ優れた印刷技術によって作り出されただけの和紙が、実際に実用的なものと交換できるということと同等に異常なことです。これもひとえに「仮定」でき ることによります。実際、大恐慌などになるとケース一杯の万札の束でもジャガイモ一杯と交換できないという状況(交換が「仮定」できない状況)になったり しますので、一万円札も本来的な一万円の価値(という言い方もおかしいですが)を相互作用的に失います。
しかし、資本主義社会 を支えているのはほとんどがそういった幻想です。その華やかな幻想の裏側に隠れているものは何でしょうか。銀座の殷賑な中心地から少し離れた場末とも言え ない辺りを歩いていると、ものすごく強烈な腐卵臭がします。銀座の高級感溢れる透徹したクリスタルのようなイメージからはとてもかけ離れたドブの臭いが、 その銀座のまだ中心地といっても良い辺りでさえするという現実があります。これは銀座に限らず池袋も渋谷も同じです。池袋や渋谷は、場所によってもうは表 向きも小ぎれいでない(小ぎれいであることを諦めたような)空気もよどんだ通りがありますが、何にせよ『月喰ウ蟲』で表現されたような、醜穢だとか気持ち 悪いという感覚を通り越した、発狂した後の正常な精神状態ではない狂気じみた美意識のような感覚(を信じて疑わない傀儡のような感じ)がするのです。僕は この『月喰ウ蟲』の美学は(そもそも僕の解釈が正しいかは分かりませんが)嫌いではありません。むしろ一つの極限として、ある程度肯定的な自分がいます。 しかし、それは自己滅却による愉悦(自己愛の確認)のような感覚に近く、現実の空間がそうなるのはとてもじゃないですが嫌です。そして、なんと数年前から このドブ川の臭いがうちの近くの川でもするようになったのです!まだ夏限定ですが、これが秋や冬にかけてもなったらと思うと…。いやそうならなかったとし てもこれは一大事です。
駅の近くのスーパーなどは、店内はきっと小ぎれいにしていることでしょう。しかし、店裏の段ボールを積 まれている辺りをよく観察してみてください。特に夏なんかに観察しますと、もうゴキブリが何匹も見て取れるのです。このまま進むと、「手軽な健康による不 可避な不健康の未来」が現出しそうで、危機感でいっぱいです。
雪キタ━(゜∀゜)━ッ!!w
- 2008-02-03 (日)
- 日記
雪ですよ!!いや~、雪降りましたね~。あんまりこういうの使わないんですが、ちょっとやってみました(笑)。

Isshun.blogにもfavicon
調子に乗ってIsshun.blog(このサイト)にもfaviconをつけました(笑)。
Geomexca用のfaviconを作りました
Geomexca用のfavicon(ファビコン)を作りました。faviconというのは、下の画像のURIの部分の左側にある歯車のアイコンのような、ブラウザで表示するときのマークのようなものです(ブックマークなどにも表示されます)。
![]()
も ともとはIEの拡張機能として(ブックマークされた回数をはかるために)作られました。ブックマーク(お気に入りに登録)したときに、ただのブラウザの マークや、「●」を使うのではなく、そのfaviconを表示してサイトのアピールとして使えるようになりました。いまでは、Fxなどではトップページにfaviconが設定されていれば、どのページでもfaviconを表示するようになっています。
僕がfaviconを知ったのはだいたい三年前くらいですが、当時はものすごくマイナーなツールをやっとの事で見つけてきて、桃か何かのマークのfaviconを作ったのを覚えています。しかし、いまではネット上で簡単に作れるようになっています(ここなど)。
作り方を紹介します。
- 画像作成ソフトで16×16pxの画像をpngなどで作ります。
- 上記のサイトなどにアクセスして、1.で作った画像ファイルをアップします。
- 画像ファイルからfaviconになったファイルをダウンロードします。
- サイトのルートディレクトなどに好きな名前(favicon.icoが良いとされてはいる)でアップします。
- サイトのホーム(トップページ)など、faviconを表示させたいページのhead内に、
<link rel="shortcut icon" href="http://www.geomexca.org/favicon.ico" />
のようなコードを追加する。
これで完成です。(favicon自体は3.の時点で完成していますが…(笑))
faviconによって、あなたのサイトを彩りあるものにしてください。:)
ちなみに、Photoshopを持っている人は上記の方法以外で、もっときれいでもっと簡単に作れる方法があります。以下にやり方を紹介します。
- ここで拡張プラグインをダウンロードする。
- 解凍する。
- Photoshopの実行ファイルが入っているフォルダの中のプラグインフォルダの中のファイル形式フォルダに解凍したプラグインファイルをコピーする。
- Photoshopを起動する(起動させていた場合は再起動)。
- 上の16×16pxの画像を開く。
- 「別名で保存」をし、ファイル形式からICOを選ぶ。
また、32×32pxなどでicoファイルを作れば、Windowsのアイコンにそれを使用することができます。PCの表示をアレンジしたい人はやってみるといいかもしれません。:)
発見 <title></title>内ではコメントアウトできない
- 2008-02-01 (金)
- Hints
新発見です。<title></title>内ではコメントアウトできません。今日初めて知りました(笑)。もしかしたら常識なのかな…?(汗)
たとえば
<title>Isshun.blog<!--aiueo--></title>
というコードにすると、ブラウザのタイトル欄に「Isshun.blog<!–aiueo–>」と表示されます。つまり、Dreamweaverのテンプレート機能を使って、たとえばサイト内のすべてのページのタイトルにサイト名をいれて「サイト名 – ページ名」のようにするといったようなことができません。
分かりやすくいえば
<!-- InstanceBeginEditable name="Title" -->
<title>タイトル</title>
<!-- InstanceEndEditable -->
とすることはできても
<title>
<!-- InstanceBeginEditable name="Title" -->タイトル<!-- InstanceEndEditable -->
</title>
とすることは実質上できませんから、サイト内のすべてのファイルのタイトル名を手動で直していかなければなりません。これは相当大変です。W3C自 体でそういう仕様になっているのでしょうか…。(ちなみにこれはDreamweaver8現在のはなし。DreamweaverCS1,2,3などについ ては分からない。改善されていて欲しい(たとえば、テンプレートから作られた方のファイルには、コード上では<!– … –>が表示されるけれどもアップしたときには消えてるなど))
